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福岡地方裁判所 昭和49年(レ)72号 判決 1981年4月24日

控訴人 岩田重藏

右訴訟代理人弁護士 井手豊継

同 古原進

同 諫山博

同 小泉幸雄

被控訴人 髙木正七

被控訴人 髙木正弘

右両名訴訟代理人弁護士 上野開治

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  被控訴人髙木正七の請求原因

1  (賃貸借契約の成立)

被控訴人髙木正七(以下「被控訴人正七」という。)は、昭和四年三月、訴外岩田吉右エ門こと岩田美之吉に対し、同被控訴人所有の別紙目録(一)記載の土地(以下「従前地」ということがある。)を、賃貸目的を農地耕作とし、かつ、その賃料を一か年当り玄米一八〇キログラム(一石二斗、即ち、九九・一七平方メートル(一畝)当り玄米二二・五キログラム(一斗五升)の割合)として、これを毎年一月末日限り前年分を被控訴人正七方に持参して支払う旨の約定で貸し渡した(以下その賃貸借契約を「本件賃貸借契約」といい、該契約に基づく賃借権を「本件賃借権」という。)。

その後の昭和五年ころ、右岩田美之吉が死亡し、控訴人が相続によって同人の一切の権利義務を承継したので、以後、控訴人が右土地の賃借人となった。

ところで、別紙目録(一)記載の土地は、昭和四八年六月一七日、福岡都市計画博多駅地区土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」ということがある。)のため、土地区画整理法により別紙目録(二)及び(三)記載の土地(以下「本件土地」ということがある。)に換地処分された。

2  (賃貸借契約の解除)

ところが、控訴人は昭和八年分以降の賃料の支払いをしないので、被控訴人正七は、控訴人に対し、昭和一三年二月二八日ころ到達の書面をもって、昭和八年分以降同一二年分までの未払賃料を右書面到達後一か月以内に支払うように催告するとともに、右期限までに支払いのないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

しかしながら、控訴人は右賃料の支払いをしなかったので、本件賃貸借契約は、遅くとも同年四月一日には解除された。

控訴人は、この点につき、昭和五年以降控訴人を含む約四〇名の小作人は、各賃貸人の同意のもとに、その賃料を訴外松園農民組合を経由して支払うという方途を採り、右賃料もまた同様の方途で支払済みである旨主張するが、被控訴人正七は、賃料をそのような方途で支払うことに同意したことも、右組合から賃料を受け取ったこともない。そもそも、右組合は、ただ単に被控訴人正七ら小地主に圧力をかけるために、任意的に組織した農民の一群を指称するものにすぎず、賃料を右農民に代って支払うなどという系統だった組織を有していたものではなく、したがって、各農民は、各々随意に自己の賃料を支払っていたもので、このことは、当時の賃料の領収証控の各宛人からも明らかなことである。

なお、控訴人は、同人は昭和一三年には応召中で不在であったから、右書面を受領することは不可能であった旨主張するが、控訴人の住所地に右書面が到達した以上、仮にたまたま控訴人が応召中であったとしても、そのような控訴人の個人的事情によって到達の効果が妨げられるものではない(民法九七条一項)。

仮に、そうでないとしても、当時控訴人の住所地に居住中の控訴人の妻は、控訴人を代理して管理財産の現状を維持すべく、右催告に応じて未払賃料を持参する等必要な措置を採る権限を有していたと解されるから、控訴人の不在をもって解除の効果に影響を及ぼすものということはできない。

のみならず、そもそも、控訴人は、被控訴人正七の再三にわたる請求にもかかわらず、昭和五年分以降同七年分までの賃料を各年分とも完全に支払ったことがないだけでなく、昭和八年分以降同一二年分までの賃料は全く支払っていないのであって、これらの背信行為が控訴人の主張する同人の応召前の行為であることに鑑みるとき、本件賃貸借契約は、控訴人が賃貸借契約を継続し難い著しい背信行為をなしたものとして、被控訴人正七において催告を要せず解除しうるところというべきであり、したがって、前記解除の意思表示は有効といわざるを得ない。

3  (消滅時効の援用)

仮に、右主張が理由がないとしても、控訴人の本件賃借権は次のとおり時効により消滅しているので、被控訴人正七は本訴において右時効を援用する。

(一) 被控訴人正七は、本件賃貸借契約が解除された日である昭和一三年四月一日、従前地の占有を回復し、同日以降控訴人は右土地を占有していないので、同日から起算して一〇年を経過した昭和二三年三月三一日をもって、消滅時効が完成した。

仮に、控訴人が右時効の起算日である昭和一三年四月一日当時、応召中で本件賃借権の行使が不可能であったとしても、控訴人が復員して本件賃借権の行使が可能となった昭和二〇年一一月一日から起算して一〇年を経過した昭和三〇年一〇月三一日には、消滅時効が完成した。

(二) 仮に、右主張が理由がないとしても、最後に賃料の支払がなされた昭和一八年二月五日(乙第九一号証が真正に成立したものとして)の翌日から起算して一〇年を経過した昭和二八年二月五日をもって、消滅時効が完成した。

(三) 仮に、右主張が理由がないとしても、最後に賃料の供託がなされた昭和二九年三月二七日(乙第九二号証による弁済供託が有効であるとして)の翌日から起算して一〇年を経過した昭和三九年三月二七日をもって、消滅時効が完成した。

(四) 仮に、右主張が理由がないとしても、従前地に対しては、本件土地に換地処分される前の昭和三四年五月一日明治町一丁目八番(A)二七七平方メートル(以下「(A)地」という。)及び同(B)四一九平方メートル(以下「(B)地」という。)が仮換地に指定された(右(A)地及び(B)地が、そのまま前記1記載のとおり別紙目録(二)及び(三)記載の土地に換地されたものである。)が、控訴人は右期日以降(A)地及び(B)地を占有していなかったから、同日から起算して一〇年を経過した昭和四四年四月三〇日をもって、消滅時効が完成した。

4  (土地区画整理法による権利の未申告)

仮に、右2及び3記載の主張が理由がなく、控訴人主張の本件賃借権が従前地に存在していたとしても、前記1記載のとおり、従前地は昭和四八年六月一七日土地区画整理法により本件土地に換地処分されたものであるところ、控訴人は、右賃借権が未登記であったにもかかわらず同法八五条一項による権利の申告をしなかったので、右賃借権の目的となるべき土地の部分を定められなかった。したがって、右賃借権は、同法一〇四条二項の規定により、右換地処分の公告がなされた昭和四八年六月一六日をもって消滅した。

5  (権利の濫用)

仮に、以上の主張が理由がないとしても、控訴人が本件土地に対する賃借権の存在を主張し、その行使をすることは権利の濫用といわなければならない。

即ち、本件土地周辺の昨今における変貌はまことに驚異的なもので、今や、本件土地は、九州における政治、経済、文化の一大センターとして驚異的発展を遂げつつある博多駅近くの近代高層ビルの林立する市街地に存するのであって、被控訴人正七が控訴人の先代岩田美之吉と本件賃貸借契約を締結したおよそ半世紀前の昭和初期とは隔世の感があり、およそ農地としては全く不適当な環境にある(したがって、本件土地は現況農地ではない。)。本件土地を耕作地とすることはあまりに非常識であり、社会経済上も、また都市の景観上も、許されないところである。控訴人は農業をもって生活する者ではなく、本件土地附近でビル経営をする等他に多くの財産を有し、裕福な生活を送っているのであって、およそ半世紀前に締結された耕作目的の賃借権の存在を理由に、農業を営む者でもない控訴人が、本件土地に対する右賃借権を主張し、その行使をすることは、権利の濫用として許されないところといわなければならない。

6  しかるに、控訴人は、昭和四六年四月二〇日、本件土地(当時は(A)地及び(B)地)を囲った板塀を破壊し、駐車場にするため整地していた土地を掘起して畑となし、野菜類を栽培している。

よって、被控訴人正七は控訴人に対し、本件土地の明渡しを求める。

二  被控訴人髙木正弘の請求原因

1  別紙目録(四)記載の土地は、本件土地区画整理事業により現地換地され、被控訴人髙木正弘(以下「被控訴人正弘」という。)の所有となったものである。

2  右土地は被控訴人正七所有の別紙目録(二)記載の土地に隣接するところ、被控訴人正弘は、被控訴人正七とともに右土地を駐車場にすべく整地していたところ、昭和四六年四月二〇日、控訴人が前記一、7記載と同様の方法で右土地の占有を奪った。

よって、被控訴人正弘は、控訴人に対し、右土地の明渡しを求める。

三  被控訴人髙木正七の請求原因に対する認否及び控訴人の主張

1  請求原因1の事実は認める。但し、別紙目録(一)記載の土地は一三八八・三一平方メートル(一四畝)であり、内七九三・三六平方メートル(八畝)を訴外岩田美之吉が、内五九五・〇二平方メートル(六畝)を訴外尾崎惣太が、被控訴人主張の賃料でそれぞれ賃借した。

なお、訴外岩田美之吉は、被控訴人正七と同人の兄訴外髙木文次郎の共有地(但し、昭和一三年には右文次郎の単独所有となった。)である福岡市比恵町一三一番地田八八五・九四平方メートル(八畝二八歩)も、同時に同一条件で賃借した。

2  請求原因2の事実は否認する。

訴外岩田美之吉は、昭和三年までは賃料を直接被控訴人正七に支払っていたが、昭和四年の農業恐慌の折、当時の福岡市明治町、比恵町、堅粕地区の小作人約四〇名によって結成された任意組合である松園農民組合が地主と小作料減額の交渉をしたのを機会に、賃料は右組合を通じて支払うこととなり、爾来、右美之吉も、更に右美之吉死亡後は控訴人も、右組合を通じて賃料を支払ってきた(なお、昭和一三年以降の賃料は金納となり、控訴人の賃料は別紙目録(一)記載の土地と前記比恵町一三一番地の土地の双方で一か年二三円三〇銭であったが、これを右のとおり組合を通じて支払ってきた。)。しかしながら、終戦後は、被控訴人正七が賃料の受領を拒否しているので、控訴人は弁済のため供託している。

被控訴人正七は、昭和一三年二月二八日ころ到達の書面をもって控訴人に滞納賃料の支払いを催告した旨主張するが、当時控訴人は応召中で、右書面を受領していない。

3  請求原因3の事実は否認する。

控訴人は、従前地を、父訴外岩田美之吉が死亡した昭和五年以降同一二年に応召するまでは家族とともに耕作し、応召後終戦までは控訴人の妻及び雇人たる訴外宮崎茂八郎とが耕作することにより占有していた。そして、戦後復員してからは、妻及び長男岩田耕人とともに大根、じゃが芋を栽培して、従前地の占有を継続していた。

ところが、昭和二九年従前地が本件土地区画整理事業にかかり、被控訴人主張の(A)地及び(B)地に仮換地の指定がなされたところ、被控訴人正七が右仮換地指定に異議を申立てるなどしたため、同事業遂行による工事着工が遅れたので、控訴人は、第一期工事のはじまる昭和三五年四月まで従前地で耕作を続けた(右第一期工事の開始によって、控訴人は、従前地の耕作を継続することができなくなったので、長男訴外岩田耕人名義で休耕補償金を受領した。この休耕補償金は、仮換地先で直ちに耕作できるか否かにかかわらず、一律に昭和三五年五月から三年間休耕するものとして支給された。)。

ところで、仮換地先については、被控訴人正七の異議申立もあって確定が遅れたうえ、所有者には通知されたものの、賃借人には通知されなかったので、控訴人においても従前地の仮換地を知ることができなかったが、右指定後一、二年たって、やっとそれが(A)地及び(B)地であることが判明した。

そこで、控訴人が右土地を検分したところ、(A)地は空地ではあったものの、既に被控訴人が周囲を全て板囲いしており、また(B)地は一部空地(ほぼ五間と一六間位の長方形)、一部ドラム罐工場の敷地となっていたが、右空地部分は既に被控訴人が周囲を全て鉄条網で囲っていた。

控訴人は、本件土地の仮換地先を知った直後、被控訴人に対し、自分の耕作地だから板囲いや鉄条網を撤去して耕作できる状態にしてくれるよう申し入れたが、被控訴人には、話し合いに基き円満に解決しようとの態度が全くみられず、剣もほろろに右申し入れを拒否した。そこで、意を決した控訴人は、昭和四六年四月二〇日仮換地先の(A)地及び(B)にブルドーザーを入れ、これを畑地として整地し、ねぶかを植えたのである((B)地は、一部ドラム罐工場が未だ立退いていなかったので、空地部分のみ整地した。)。

控訴人の前記占有に対し、被控訴人らは、昭和四六年四月二八日、賃料不払いにより本件賃貸借契約は昭和一三年に解除されているとの理由に基き、福岡簡易裁判所に申請して、控訴人の本件土地への立入を禁止する旨の仮処分決定の発付を受けた。そのため、控訴人は、爾後本件土地の耕作ができなくなった。

右決定の執行は同年五月六日なされているが、同日付仮処分調書には「右物件(本件土地)は申請人両名(被控訴人ら)の申出により現状を変更せざること及占有を第三者に移転し又は占有名義を変更せざることを条件として使用を許可したり。」と記載されている。

前記仮処分決定から五、六か月経った頃、(B)地の一部を占有していたドラム罐工場の立退きが完了し、昭和四八年六月一七日に本件土地の換地処分がなされ、(A)地は博多区博多駅東一丁目一三一番地に、(B)地は同二一七番地となった。

前記仮処分決定後も、被控訴人らは、しばらく右両土地を空地のまま放置していたが、昭和四九年頃から同地を駐車場として使用するようになり、更に、昭和五一年には一三一番地を、同五三年夏頃には二一七番地を、それぞれアスファルト舗装になさんとするので、控訴人は前記仮処分調書にいう現状不変更の条件に違反するのではないかと抗議したが、被控訴人らは右舗装工事を強行した。

控訴人の従前地及び(A)地及び(B)地に対する占有の状況は以上のとおりであって、消滅時効が完成する事実は全くない。

なお、賃借権の消滅時効は、その権利を行使しない期間がどれだけ継続したかによって判断されるものであり、賃料をどれだけの期間支払わなかったかによって定められるものではないから、(二)及び(三)の主張は、その主張自体失当というべきである。

4  請求原因4の事実中、本件賃借権が未登記であり、控訴人が土地区画整理法八五条一項による権利の申告をなさず、換地に賃借権の目的となるべき部分の指定がなされなかったことは認めるが、このことによって本件賃借権が消滅したとの主張は争う。換地処分にあっては、従前地に存した権利は、そのまま当然に換地に移行すると解すべきである。

即ち、いわゆる権利申告がなされていない従前地についての賃借権の帰すうに関する土地区画整理法一〇四条一項の解釈としては、土地区画整理事業の本質からみて、従前地上の権利が権利申告をしないことにより消滅することはありえず、申告しなかった権利もまた換地上に移行するものであって、同条項後段にいう「換地を定めなかった」場合とは、同法九〇条及び同法九一条三項の各換地不指定清算処分の場合を指すと解するのが相当であり、最高裁判所昭和五二年一月二〇日判決も、「土地区画整理法による換地処分がなされた場合、従前の土地に存在した未登記賃借権は、これについて同法八五条のいわゆる権利申告がなされていないときでも、換地上に移行して存続すると解すべきである。」と判示し、これと同旨の判断を下している。本件の場合も、いわゆる権利申告はなされていないが、右解釈を前提とするかぎり、当然換地たる本件土地について耕作を目的とする賃借権が存続することになる。

もっとも、従前地は、本件土地区画整理事業の第一期工事の始まる昭和三五年四月に至るまで、控訴人が六、訴外尾崎政雄が四の割合でそれぞれの部分を占有、耕作していたものであるが、その後被控訴人正七において控訴人らの賃借権を不当にも否定し、遂には本件訴訟を提起する等の態度にでたため、換地のうち賃借権の目的となる部分の特定につき、控訴人、被控訴人らにおいて何らの話合もなされないまま今日に及んでいる。

従前地の賃借権が換地上のどこに移行するかについては、右判決では何もいっていないが、賃借権の存続を認める以上、換地先の土地使用の範囲につき、所有者を含めた各賃借権者(本件の場合控訴人及び訴外尾崎政雄)間に未だ具体的話合がなされていないのであるから、各賃借権者は、換地全体につき、従前の土地に対する各自の耕作地積の割合に応じて賃借権を共同して行使すべき、いわゆる準共有関係にあるものと解すべきである(最高裁判所昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決)。しからずとするも、昭和五三年三月一日控訴人と訴外尾崎政雄との間に本件土地の賃借権の範囲につき協議が成立しているので、地主たる被控訴人が協議に参加する可能性がない本件の場合、控訴人は、右協議に従い本件土地の使用収益をなし得る権原があると言わざるを得ない。

5  請求原因5は争う。

(一) 権利濫用の主張は、その主張自体失当である。

被控訴人は、本件土地の周囲は高層ビルが林立する市街地であり、本件土地の現況も農地でない上に、控訴人も農業を以て生活する者でないから、控訴人が本件土地の耕作権を主張するのは権利の濫用であるという。

そもそも権利濫用が成立するためには、権利が存在し、それを権利者が積極的、消極的行為によって行使し、その行使としての行為が濫用に値する違法なものでなければならない。このような権利濫用の論理構造を前提とするならば、権利が濫用されたというためには、なんらかの形で権利行使とみられる権利者の行為がなければならず、権利者による権利不行使をもって濫用といえないことは論をまつまでもない。

本件においては、控訴人は、本件土地に賃借権を有するも、被控訴人の妨害行為により賃借権自体の確保すらなされていないのだから、賃借権の濫用が問題となる余地がない。被控訴人の権利濫用の主張は、それ自体失当である。

(二) 仮に、権利濫用の主張が主張自体失当といえないとしても、その主張には理由がない。

ある土地が「農地」であるかどうかは、その土地の事実状態に基づいて客観的に判断されるべきであるが、必ずしも現実に耕作の目的に供されている必要はなく、たまたま何かの事情で、現在は一時耕作されていない状態の土地であっても、正常な状態の下においては本来耕作されているはずであり、耕作するつもりになればいつでも耕作のできるような土地は、「農地」と考えるべきである。

本件土地も、現在は被控訴人の妨害に遇い、耕作されていないが、もともと耕作を予定された土地であり、被控訴人の妨害さえ除去されれば、いつでも簡単に耕地として復旧でき、蔬菜類の栽培は可能であるから、「農地」である。

本件仮換地に先立つ昭和三八年八月、控訴人は、仮換地先であって本換地先でもある本件土地の農地化補償金の給付を受けている。これは、土地区画整理法一〇四条により、換地処分の公告のあった日の翌日から換地は従前の土地と看做され、従前地に存した権利はそのまま当然に換地に移行することになるので、従前地が農地で、かつ控訴人の賃借権が付着する本件土地は、仮換地後は当然に控訴人が耕作する農地となるところ、現況がいずれも農地以外のものであったので、その農地化に用する費用を補償するためのものであった。従って、本件土地は、仮換地時における現況如何にかかわらず、控訴人により農地化され、耕作されていたはずのものである(一部は控訴人により耕作された。)が、被控訴人は、昭和四六年四月二八日、福岡簡易裁判所の土地立入禁止仮処分決定を得て、同年五月六日右決定の執行をなし、控訴人の本件土地の農地化及び耕作を妨害してきた。被控訴人による妨害がない正常な状態では、本件土地は、本来控訴人により耕作されているはずであり、しかも耕作しようと思えば簡単にできるのであるから、「農地」であると言わざるを得ない。

被控訴人は、四囲の状況からいって本件土地が農地耕作の場所でないと非難するが、前述したように、本件土地は、本件土地区画整理事業によりもともと農地化され、耕作されることを予定された土地である。もっとも、本件土地区画整理事業の目的が健全な市街地の造成を図ることに鑑みれば、永久的に「農地」を予定したものと考えるべきではないが、少なくとも地主と小作人との間に離耕についての話合いがなされ、両当事者間に合意解約が成立するまでの間は、小作人のため農地として耕作されることを予定したものというべきであろう。この趣旨に沿い、地主と小作人はそれぞれ離耕問題について話合い、非常に難航したものの、昭和四八年頃までには、大部分の土地につき地主から小作人に対し一定の離耕料を支払うことで円満に賃貸借ないし小作契約の合意解約が成立しており、今日まで紛争状態にあるのは本件土地ぐらいのものである。被控訴人は、控訴人との話合を頑に拒否して、離耕問題の解決を引き延ばし、剰え、本件土地につき、その立入禁止の仮処分決定を得て控訴人の耕作を妨害したうえ、保管者たる執行官が付した現状不変更の条件を無視して、アスファルト舗装をなした。そのため、本件土地周辺は市街化が著しく進展し、また、本件土地の現況は形式的外観的には「農地」でなくなっているが、これは、被控訴人の理不尽な態度(昭和一三年に本件賃貸借契約が解除されたとの主張が理由のないことは、本件審理上においても歴然としている。)の結果であって、被控訴人がこの状況を把え、本件土地は「農地」にあらずと主張するのは、信義誠実の原則に違反するものである。

もし、仮に被控訴人の本訴請求が認容されることになれば、これから先、土地区画整理事業においては、地主が不当に解決を長びかせさえすれば、現況が「農地」にあらずという理由の下に、何らの補償のないまま小作人の権利が奪われる結果を招く。更に、小作人に誠実に対応した地主は、一定の離耕料の支払いを余儀なくされ、一方、被控訴人のようにたいした根拠もなく不当に小作人の権利を争う地主は、何らの補償金も支出せずに土地に対する十全の所有権を回復できるという極めて不公平な結果が生まれ、地主のゴネ得を許す結果ともなる。被控訴人の控訴人に対する本件土地引渡請求は、この意味からも許されない。

なお、現在控訴人自らが本件土地を耕作することは、高令であることからできないことかもしれない。しかし、それは、被控訴人が本件紛争の解決を長びかせたためであり、また、博多第一ホテルの経営者たる控訴人には、長年農業を経験した従業員が数人いる。これらの者や控訴人の長男をして本件土地の耕作をやらせれば、本件土地の農業経営は容易にできる。現に、本件土地の道路一つを隔てた向い側にある二二一番の土地は、今でも控訴人と雇人とで畑地として蔬菜類を栽培している。

したがって、控訴人には、本件土地を耕作する意思は勿論、その能力も十分あるというべきである。

また、被控訴人がいうように、現在、控訴人は、経済的には上層階級に属するかもしれない。しかし、そのことが直ちに、被控訴人の不当な本件土地明渡要求を許容する事情とはなりえないのはいうまでもない。

以上のごとく、被控訴人の権利の濫用の主張は理由がない。

6  請求原因6の事実は否認する。前記3で詳述したとおり、控訴人は賃借権を行使したまでである。

四  被控訴人髙木正弘の請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

(被控訴人正七の主張に対する判断)

一  被控訴人正七主張の請求原因1の事実は、同被控訴人と控訴人との間に争いがなく、この事実に、《証拠省略》によれば、被控訴人高木正七と訴外岩田吉右エ門こと岩田美之吉とが、本件賃貸借契約(もっとも、当時の賃貸借契約の目的土地は福岡市堅粕三社道二六八番地一四畝のうちの八畝であり、残り六畝は訴外尾崎惣太が借り受けていたが、その後昭和一三年ころになって、換地処分により右土地が別紙目録(一)記載の土地に換地されたものである。)を締結したこと、その後昭和六年ころ右岩田美之吉が死亡し、控訴人が本件賃貸借権を相続したこと、そして別紙目録(一)記載の土地は、昭和四八年六月一七日本件土地区画整理事業により、別紙目録(二)及び(三)記載の土地に換地処分されたことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二  ところで、被控訴人正七は、本件賃貸借契約は賃料不払いにより昭和一三年四月一日ころ解除された旨主張するので、まずこの点について判断する。

なるほど、《証拠省略》によれば、昭和四年度分は一か年に米一石二斗(一畝あたり一斗五升)の賃料が支払われているのに、昭和五年度分以降は一か年に六斗八升しか支払われていないことを認めることができ、他方、《証拠省略》によれば、控訴人主張のとおり、昭和四年二月ころ、控訴人を含む、当時の福岡市明治町、比恵町及び堅粕地区の小作人約三〇名によって日本農民組合福佐連合会松園支部(任意組合)が結成され、被控訴人正七ら地主に対し小作料の三割程度の減額を要求したことが認められ、また、《証拠省略》によれば、訴外尾崎惣太が被控訴人正七から当時賃借していた畑六畝の賃料が、昭和六年に一か年八斗九升であったものが昭和九年及び同一〇年には一か年六斗八升となっていることが認められるところ、かようにして控訴人が昭和五年以降に支払った賃料が、本件賃貸借契約締結当初に約定した賃料と較べても低きにすぎることから考えると、控訴人に賃料不払いがあったとする被控訴人正七の主張は、首肯しえなくもないように思われる。

しかしながら、他方、《証拠省略》によれば、被控訴人正七は、その主張にかかる本件賃貸借契約解除の日以降にも、控訴人から本件賃貸借契約に基づく賃料を受取っていることを認めることができ、右事実に加えて、《証拠省略》を併せ考えるならば、本件賃貸借契約が解除された旨の被控訴人正七の主張を肯認することは困難であり、他に右主張事実を認めるに足る証拠はないので、被控訴人正七の前記契約解除の主張は、これを採用することができない。

三  そこで、すすんで、本件賃貸借契約が時効によって消滅した旨の被控訴人正七の主張について判断する。

1  被控訴人正七は、昭和一三年四月一日従前地の占有を回復した旨主張するところ、《証拠省略》中には右主張にそう部分があるが、これを俄に信用することはできない。即ち、前記認定のとおり、被控訴人正七がその主張の契約解除の日以降も賃料を受け取っている事実は、控訴人が同日以降も従前地を占有していたことを一応推測させるばかりでなく、《証拠省略》に徴しても、被控訴人正七の右主張はにわかに採用し難いところであり、却って、《証拠省略》を総合すると、控訴人は、本件土地区画整理事業の第一期工事が始まる昭和三五年四、五月ころまで、耕作物の肥培管理の実態がどうであったかはともかく、一応は従前地の占有、支配を継続していたものと認めるのが相当であり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすると、被控訴人正七の、請求の原因4(一)ないし(三)記載の消滅時効完成の主張は、その余の点を判断するまでもなく、これを採用することができない。

2  そこで、次に、本件賃借権は、昭和三四年五月一日の仮換地決定以降控訴人において仮換地先を占有していなかったから、昭和四四年四月三〇日の経過により時効が完成し、それによって消滅した旨の、被控訴人正七の主張(請求原因4の(四))について検討するに、控訴人が昭和三五年四、五月ころに従前地の占有を解いたことは、前認定のとおりであるが、それは、従前地が福岡市の施行する区画整理事業の対象区域とされたという止むを得ない事情に基づくことも、前認定のとおりである。そして、《証拠省略》中の「仮換地指定通知」と題する書面によって認められる、仮換地先の指定年月日が昭和三八年一二月九日になっていることを併せ考えるならば、本件賃借権の消滅時効の起算日は、早くとも控訴人が仮換地先を知り得る状態となった右昭和三八年一二月九日以降というべきである(もっとも、右書面によれば、仮換地先を使用、収益することができるに至るのは別に定めて通知する旨の記載が同書面にあることから、同日よりも後であることが認められる。)。そして、賃借権は一般債権と同様民法一六七条により一〇年の消滅時効にかかると解すべきであるから、後記認定のとおり控訴人が本件土地の占有を奪った日である昭和四六年四月二〇日までには、本件賃借権の消滅時効は完成していないものというべく、したがって、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人正七の右主張は採用することができない。

四  更に、被控訴人正七は、本件賃借権は未登記であるにもかかわらず、控訴人において土地区画整理法八五条一項による権利の申告をしないままで換地処分が確定したので、それによって同賃借権は消滅したと主張しているから、この点について判断する。

本件賃借権が未登記であること、控訴人が同法八五条一項による権利の申告をしないままで被控訴人正七主張の換地処分が確定したことは、いずれも当事者間に争いがない。

しかしながら、換地処分は従前の土地の上に存する権利関係をそのまま換地の上に移すことを内容とするものであるから、従前の土地の上に存する権利は、換地処分が効力を生ずることに伴い、たとえそれが不申告のものであっても、消滅することなく換地上にそのまま移行し、その権利者は、換地について従前の土地に有していたと同じ内容の権利を有するに至るものと解すべきであり、同法一〇四条一項が、換地処分終了後換地は従前の土地とみなされる旨規定しているのは、右の趣旨であるとみられるのである。もっとも、同法八五条五項によると、土地区画整理施行地区内の宅地について、未登記の借地権等を有する者が権利申告しない限り、その権利が存在しないものとみなして換地処分等をすることができるとされているが、これは、施行者に対する関係でそのように取扱うことを法が認めたにすぎないものであり、この規定を根拠として土地所有者に対する関係においても借地権が消滅するものとは、解することができない(なお、控訴人は、従前地の一部を賃借していたのであるから、その換地たる本件土地の相応部分について権利が移行するにとどまるものであるところ、本件においては、権利の申告がなされなかったため、控訴人の賃借権の対象たる土地部分は確定されていない。かような場合、右対象部分をいかにして確定するかは問題の存するところであるが、土地所有者の同意なしに、賃借人が一方的に選択をなしうるものではないことは明らかであろう。本件賃借権については《証拠省略》によれば、昭和五三年三月一日に従前地を共に賃借していた訴外尾崎政雄と控訴人が協議して、本件土地上の賃借権の範囲を分割していることが認められるが、賃借人間の協議のみでその分割をしても、それによって賃借権の対象となる土地部分が確定することはなく、土地所有者との協議が整うまでは、両方の賃借権が本件土地上に併存して、準共有の関係にあるものと解するほかはない。)。

五  進んで、控訴人が本件土地に対する賃借権の存在を主張し、その行使をすることは、権利の濫用として許されない旨の、被控訴人正七の主張について判断する。

1  《証拠省略》によれば、昭和三三年ころ以降本件土地を含む博多駅付近一帯を対象に行われた本件土地区画整理事業は、その正式名称を福岡都市計画博多駅地区土地区画整理事業といい、同年三月七日に福岡県知事の認可を受けて、同月一一日同県によって告示されたが、その目的は、同地区にある博多駅の移転、拡張を行い、かつ、福岡市の中心駅である同駅にふさわしい、近代都市としての機能をそなえた市街地を造成しようというもので、その対象となる土地については、たとえ農地の現況を示すものが残っていたとしても、換地後遠からずその農地性が失われるであろうことを予想し、むしろそれを期待していたものであることが、明らかに看取される。そして、右博多駅周辺の土地、ことに本件土地の所在する博多駅東一丁目の土地が、右区画整理の結果今やまったく市街地化していて、過去数年間にわたる公示価格や基準地価格でも、福岡市内で五指に入る地価の商業地となっていることは、当裁判所に顕著な事実であり、これに加えて、当審における控訴本人尋問の結果(第一回)に弁論の全趣旨を合わせ徴すると、本件土地付近を始め博多駅周辺一帯では、控訴人が経営するホテルの建物をも含め、多くの商業ビルが林立するに至っていることが認められる。従って、本件土地は、およそ耕作の目的に供するには、まったく不適当な環境に位置しているものといわざるを得ない。

もっとも、《証拠省略》によれば、本件土地については、現在はすでにアスファルト舗装が施されているものの、少くとも昭和四六年四月二六日以降被控訴人の申請による立入禁止の仮処分が執行されるまでの間、控訴人が(A)、(B)の両土地にブルドーザーを入れて耕作を開始し、ねぶか等を植えていたことがあることが認められ、かつ、いかに同土地にアスファルト舗装が施されているとはいえ、物理的な観点のみからすれば、同土地を掘り起して農地(畑)化し、野菜類を栽培して耕作することもあながち不可能ということはできないであろうけれども、そのためには、相当高額の投下資本が必要であるのに対し、それによって得られる収益は、これを周辺の土地同様建物用地その他の商業地域としての用途に供した場合のそれに比して、取るに足らないことは明瞭であり、本件土地区画整理事業の前記目的に背馳するばかりでなく、土地の利用方法自体としても著しく合理性を欠くものといわざるを得ない。これに加えて、当審における《証拠省略》によれば、控訴人は、長い間福岡市の市議会議員を始めとする数多くの公職等についてきているだけでなく、現在では本件土地の近辺に建設した建物(商業ビル)を利用してホテル業を営み、それによって相当高額の収入をあげていて、農業を生活の基盤とするものではなく、現に七五才を超えている高令であることも加わって、かつて農業に携わってきた経歴のある控訴人の主観的な感情面はさておき、客観的にはむしろ農業に従事することが困難な状況にあり、また、同人の子女等の家族においても、従前長く農業を離れた生活を送ってきていることが認められ、この認定を動揺させるに足る証拠は存在しない。そして、《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和四六年四月二六日本件土地に被控訴人正七が設けていた板囲いを取り壊し、ブルドーザーで土を堀り起こして野菜苗の植え付けをするなどして、被控訴人正七の占有を奪ったので(もっとも、《証拠省略》中には、控訴人が昭和三七年ころから仮換地先(本件土地)の一部の占有を開始した旨の供述があるが、《証拠省略》に照らし、にわかに措信し難い。)被控訴人正七において、裁判所の仮処分決定を得て控訴人の占有を排除したうえ、右仮処分の本案訴訟として本件訴えを提起したものであることが認められる。

叙上認定した諸般の事実関係に立脚して考察を進めると、本件土地は、それが農地(畑)であった別紙目録(一)記載の土地の換地であるだけに、いまだその農地性を残していると評価できる余地があるとしても、肥培管理の目的である性格は著しく損われ、むしろ店舗ないし住宅用地としてすでに転化したか、そうでなくともそれに近い状態にあるものと認めざるを得ない。従って、本件土地(換地前の従前地)の耕作を目的として締結された本件賃貸借契約は、すでにその賃貸目的を殆んど喪失するに至ったものとみるほかはなく、そうであるならば、控訴人が、被控訴人正七に対して、およそ五〇年以前の、現在とはまったく異なる状況のもとに締結された、耕作目的の賃貸借権を理由として、本件土地の明渡を拒むことは、いわゆる権利の濫用に該当し、許されないところと解さざるを得ない。

2  ところで、控訴人は、被控訴人の権利濫用の主張が失当であるとして、そのゆえんをいろいろ主張しているので、以下この点に関して判断する。

(一) まず、控訴人は、控訴人において本件土地の賃借権を有しているとはいえ、それを現実に行使してはいないから、賃借権の濫用が問題となる余地はない旨主張している。

しかしながら、本件で問題となっているのは、控訴人が、本件土地の賃借権の存在を理由に、同土地の明渡を拒むことができるかどうかということであって、まさに賃借権の行使について濫用の有無が問われていることは、先に説示したとおりであるから、被控訴人の右主張は採用することができない。

(二) 次に、控訴人は、本件土地の農地性について、本件土地が形式的、外観的に農地でない現況を呈するに至ったのは、被控訴人正七が立入禁止の仮処分決定を得て控訴人の耕作を妨害するなどの理不尽な行動をしたためであるから、同被控訴人において本件土地が農地でないと主張するのは、信義誠実の原則に反する旨主張している。

しかしながら、本件土地が、耕作の目的に供するのが著しく不相当な現況を呈するに至ったのは、すでに認定したように、本件土地近くに福岡市の中心駅である博多駅が移転、拡張され、それに伴って同土地周辺に本件土地区画整理事業を行って、近代都市としての機能をそなえた市街地(商業地域)を作りあげようとしたためであって、直接には、被控訴人の仮処分決定の申請及びその執行(それが、理不尽なものであるかどうかは別として)によって招来されたものとはいえないから、控訴人のこの点に関する主張も採用できない。

(三) さらに、控訴人は、もし控訴人が本件土地に耕作目的の賃借権を行使できないとすれば、同土地の農地性が失われたという理由で、小作人である控訴人において何らの補償も得られないという不当な結果を現出する旨主張している。

なるほど、《証拠省略》によれば、本件土地の周辺では、本件土地区画整理事業の実施によって商業地化し、従前農地であった土地が非農地の現況を呈するようになったのに伴い、土地所有者と土地賃借人(小作人)との間で離耕問題についての話合いが行われ、殆んどの土地につき、ある程度の離耕料を支払うということで、それぞれ賃貸借契約(小作契約)が合意解除されていることを認めることができる。そして、《証拠省略》によれば、被控訴人正七は、昭和三九年六月一〇日、福岡県知事に対し、本件土地が農地でなくなったことを理由に、離耕料等賃借人に支払うべき給付の提供をしないままで、農地法二〇条一項による本件賃貸借契約の解約許可の申請をなしたが、同年九月七日、同県知事から、これを許可しない旨の処分がなされたので、同年一一月二〇日、農林大臣に対し、右許可しない処分に対する審査請求をなしたことが明らかであり、かつ、《証拠省略》によれば、右審査請求については、昭和四六年六月ごろ本件訴訟が提起されたこともあって、いまだ裁決されていないことが窺われる。

しかしながら、もし控訴人の主張するように、本件土地の農地性が著しく減ずるまでに、被控訴人の何らかの行為によって、控訴人が同土地に対する耕作目的の賃借権を円満に行使できず、そのため何らかの損害を蒙ったとか、あるいは、控訴人が被控訴人から離耕料の給付を受けなかったことが、とりも直さず被控訴人において不当に利得したことになるなどの評価を受け得る余地があるとするならば、それは、別個に解決されるべき事柄であって、本件土地が農地である従前地の換地であるため、控訴人側の前認定したような諸事情はさておき、本来耕作に供されるべき性質をそなえたものであり、かつ、控訴人、被控訴人間で本件賃貸借契約が解除されていないところから、その現状の変更にもかかわらず、いまだ農地性を失ったとまではいえないとしても、同土地につき、控訴人が耕作を目的とした賃借権を行使して、これを農地として肥培管理すること自体は、社会通念上甚だしく失当といわざるを得ない。従って、この点に関する控訴人の主張もまた採用できない。

(四) その他、控訴人のいろいろ主張するところを参酌して本件全証拠を検討してみても、権利濫用に関する当裁判所の前記心証を覆すに足る事情は、見出すことができない。

(被控訴人正弘の主張に対する判断)

請求原因1の事実は《証拠省略》により、同2の事実は《証拠省略》により、これを認めることができる。

(結論)

以上の次第であって、被控訴人らの控訴人に対する本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九五条本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原曜彦 裁判官 宮川博史 裁判官兒嶋雅昭は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 篠原曜彦)

<以下省略>

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